[ 1page ] [ 2page ] [ 3page ] [ 4page ] 御神「うむ、今年は実に素晴らしいバレンタインだったな」 応援団の部室を後にし、ホクホク顔で廊下を歩く。 御神「おまけに非常食も貰ったしな」 両手には抱え切れないほどのチョコは奈緒から分けてもらったものだ。 いくらなんでも奈緒一人では食べきれないということで、気持ちだけ受け取った分を貰ってきた。 御神「糖分は人体に一番必要な栄養素だからな」 基本的には退屈な保健室での非常食にはぴったりだろう。 まりな「あら〜御神ちゃん。今年は随分大漁じゃない♪」 まり姉のゴキゲンな声が聞こえた瞬間、回れ右をする。 まりな「あれあれ〜? 保健室はソッチじゃないわよ?」 しかし、武道家もびっくりな歩法で一瞬にして回りこまれ、退路を断たれる。 (まり姉の教派はシスターに悪魔祓いや吸血鬼殺しでもさせてるのだろうか……) 御神「や、やぁ、まり姉」 まりな「困るな〜御神ちゃん、学校では『瑞本先生』って呼んでくれなきゃ」 従姉のまり姉こと、瑞本先生はやれやれと肩をすくめる。 大きな胸元で、チャリと、銀のクロスが鳴った。 まりな「まぁ、いいわ。もう放課後だし、私も私用だからね」 まり姉はイタズラっぽい笑みを浮かべると、手を掲げた。 まりな「ハイ! ハッピーバレンタイン、御神ちゃん♪」 御神「おお! 『ぎっくりマンチョコ』じゃないか、懐かしい!」 まり姉の手には『スーパーギプス』という、腰にギプスを巻いた老賢者が描かれた駄菓子が握られていた。 まりな「御神ちゃん、昔からコレ、集めてたわよね?」 得意気に100センチのバストを見せつけるまり姉。 確かに、“昔は”おつかいのつり銭をちょろまかしては、駄菓子屋に向かったものだ。 今はどこにいったのかすら分からないのだが……。 御神「懐かしいし、まり姉からのバレンタインチョコなら喜んで貰うよ」 手を伸ばしたものの、寸前でまり姉が引っ込めてしまい、空を掴んでしまう。 まりな「もちろん、タダじゃないわよ。世の中は等価交換……そうねぇ〜その義理チョコとトレードね♪」 御神「待ていっ! 『等価交換』について、もう一度辞書で引いてもらおうか!?」 ブランドもののチョコも混じっているこのチョコたちと『ぎっくりマンチョコ』ではどう見ても、吊り合わない。 御神「『ぎっくりマンチョコ』にはウエハースしか入ってないんだぞ? しかも、よく粉々になってるし!」 まりな「ノンノンノン……バレンタインのチョコっていうのは女の子にとって、一ヵ月後にブランドのバッグや指輪に代わる“賢者の石なのよ」 得意げに人差し指を振る道徳の先生。 まりな「つまり、これは『ぎっくりマンチョコ』であって、『ぎっくりマンチョコ』ではないのよ……御神ちゃんには哲学過ぎるかしら?」 「どこが哲学なんだよ!? 草葉の陰でプラトンが泣いてるぞ!」 (だいたい、そんな為替レート、投資家が許しても、全国の男子諸君が黙っていないぞ!) しかし、まり姉には無理も道理も通らないのは昔からだ。 まりな「嗚呼、また一人……迷える子羊に社会の荒波を教えてあげることができたわ♪」 そう言って、まり姉はシスター服をひるがえし、行ってしまった……。 御神「大人って……」 『ぎっくりマンチョコ』を手にぽつんと夕日を背にたそがれる。 御神「まったくまり姉には敵わないな……」 千歳「ま、元気出せよ……」 うなだれる俺の肩にポンと手を置いたのは、“帰ってきた幼なじみ”こと、生駒千歳だった。 部活帰りなのか、汗で肌に張り付いたアスリートウェアがセクシーだ。 御神「千歳〜、傷ついた俺に極上の笑いをくれ〜」 どさくさにまぎれて、千歳のDカップにダイブする。 普段無口な千歳だが、こう見えてお笑い好きなのだ。 千歳「ぁんっ……御神、私まだシャワー浴びてないから汗臭いと思う」 御神「だが、それもまたイイ!! それに千歳の汗なら全然汚くないしな!」 深呼吸を繰り返して肺腑いっぱいに千歳の匂いを溜め込む。 千歳「ンンっ……御神……しょうがないヤツ」 溜め息まじり言うと、千歳は天井を見て逡巡。 (お、来るか? 極上の笑い!) ちょっと期待しつつ千歳の小さな顔を見つめる。 千歳「……ハイ、チョコっとあげる」 そう言って、『チラリチョコ(10円)』を俺の手に握らせる千歳。 御神「うぉぉぉぉぉぉ!! 絶対にそのオヤジギャグだけは言わないようにしていたのにーーー!!」 フフっと、自分のギャグにウケている千歳の笑い声を俺の絶叫がかき消したのだった。 おしまい。
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