[ 1page ] [ 2page ] [ 3page ] [ 4page ] 暦の上では立春を迎えたばかりだが、まだまだ肌寒い朝の生徒玄関。 御神「う〜ん……自分の誕生日と、故ウァレンティヌスの命日にはやっぱり独特の雰囲気があるな」 まるで、薄い雪化粧の下に、春の芽吹きが萌えているような、そんな浮き足立った空気を感じる。 かく言う俺も、今、下駄箱を開ける手が妙にソワソワしてしまう。 (何が出るかな……何が出るかな……) 御神「……って、何じゃこりゃ!?」 おもいきって下駄箱を開けると、中にはかまぼこ型のシルエットをした蓋付きの木箱がスッポりとハマっていた。 学校……というか、実社会ではなかなかお目にかかれないタイプの宝箱は強烈な胡散臭さを放っている。 (てか、俺の上履き潰れてるし!?) 宝箱のせいで上履きが、ピラミッドの中の石棺のように縦に圧縮されていた。 イロイロとツッコミたいのは山々だ。 しかし、ゲーム脳の現代っ子として、タンスや樽、宝箱を見つけたらまず『しらべる』を選択せずにはいられない。 御神「ゴクりッ……」 胡散臭いトレジャーボックスを靴箱から取り出すと、おもむろに開けてみた。 ――スカ。 御神「うぉいっ!!」 箱の底に書かれた『二文字』に思わず、シューズロッカーに向かってツッコミを入れてしまった。 ののみ「こら、御神君! 学校の備品は大切に扱いなさい!」 御神「ぎく!」 背中に鋭い声が当たり、背筋がピンと真っ直ぐになった。 幼い頃から染み付いた条件反射で、身体が勝手に動いてしまう。 (聞き覚えのあるこの声は……) 振り向けば、しなやかなドリルポニーテール をなびかせ、幼なじみの生徒会長が仁王立ちしていた。 女子生徒「会長、おはようございます」 その時、ののみ先輩の脇を女生徒が会釈しながら通り抜けていく。 ののみ「はい、おはようございます」 “あいさつ運動”というやつだろうか、ののみ先輩は生徒玄関を出入りする生徒に朝の挨拶をしていた。 ののみ「御神君は朝の挨拶はどうしたのかしら?」 御神「お、おはようございます! ののみ先輩!」 まるで、良く訓練された海兵のように足を揃え、最敬礼する。 生徒会長を務め、ルールやマナーに厳格なののみ先輩に腑抜けた挨拶なんかしたら、オシオキされてしまう。 ののみ「おはようございます……ところで、御神君。学校に遊び道具物を持ってきちゃダメでしょ?」 腰に手を当て、俺のシューズロッカーを指さすののみ先輩。 御神「違いますよっ! 靴を履き替えようとしたら、宝箱さんが勝手に靴箱に居たんです」 ののみ「……はいはい」 ののみ先輩は俺の弁明を右から左にスルーして、興味深そうに宝箱を覗いている。 ののみ「あら? コレ、バレンタインチョコだったのね」 御神「ほえっ!?」 先ほどは気付かなかったが、宝箱の底にチョコレートの箱を発見! シックで高級そうな箱の中には、フラスコ状のチョコレートが半ダースほど敷き詰められていた。 ののみ「へぇ〜ウイスキーボンボンじゃない」 (ほほぅ……) ほの甘いカカオの香りに混じって、鼻腔を吹き抜けるような火酒(かしゅ)の芳香。 (懐かし〜ガキの頃はなかなか食べさせてもらえなかったからな……) 御神「まったく、脅かしやがって……まぁ、とりあえず、実食!!」 ちょっとだけ大人っぽいお菓子を摘まみ、さっそく口に運ぶ。 ののみ「あ、ちょっと……こら、玄関で食べないのっ!」 ののみ先輩が切れ長の眉を吊り上げるがもう遅い。 舌の上でウイスキーボンボンを転がすと、甘いチョコが溶け、口の中いっぱいに広がっていく。 (うん……味は悪くない) そろそろ遅れて、真珠のように大切に閉じ込められた火酒のほろ苦いエキスがジュワっと……くるはずだが……。 御神「ん゛っ!?」 明らかにアルコールとは違う類の刺激が味覚から感覚中枢へと突き抜ける。 (な、なんかお菓子にはアリエナイ味が……) むしろ、パスタやピザにかかっていると、より一層味を引き立てそうな辛さが舌を刺した。 御神「ぶほぉあっ!!」 ののみ「ちょっ、御神君!? 大丈夫!?」 ののみ先輩の心配そうな声も、口の中で同時に鳴り響く半鐘とサイレンの音にかき消される。 御神「水っ……水っ……!!」 ???「はい、どうぞっ」 横からコップが差し出されたコップに飛びつき、一気に飲み干した。 御神「って、熱ちちちちちっ!!」 麗「ホットチョコですから♪」 小悪魔的な満面の笑みで横に立っていたのは一年生の麗だ。 120センチ近いバストを弾ませながら俺の様子をうかがっていた。 御神「やっぱ、犯人はお前かーーーっ!!」 TRPG好きの麗なら、宝箱やポーション型のウイスキーボンボンだったのも頷ける。 麗のプニプニのほっぺたをむにょーーーんと引き伸ばしてやった。 麗「いひゃい、いひゃいでふ、へんふぁ〜い」 麗が身じろぎするたびに、一年生にあるまじき3ケタ超えのバストが魅惑的に揺れる。 本来なら、そのおっぱいにオシオキしてやるとこだが、ののみ先輩に俺がオシオキされてしまうのでやめておく。 ののみ「コラ、御神君、年下の女の子を苛めないのっ!」 ――ズビシっ! 御神「痛っ! 先輩、俺被害者!」 セクハラ行為は自重したというのに、結局デコピンされてしまった。 麗「う〜ほっぺがスライムみたくなったらどうするんですか〜」 ジト目で俺を睨みながら紅くなった頬を押さえる麗。 ののみ「ところで真下さん、その宝箱、どうしたの?」 (ふっふっふ、麗のヤツめ……ののみ先輩にボッシュートされてしまえ) 麗「あ、私物じゃないから大丈夫です。ホラ」 ファンタジックな宝箱にはエラく生活感の漂う『図書委員会』のシールが張られていた。 御神「備品かよ!? 何に使うんだ!?」 流石、図書室でいつも図書委員の仕事そっちのけで、TRPGに興じているだけあるな。 聖蓬学園一謎な組織の片鱗に流石のののみ先輩もたじろいだのだった。 ののみ「……そうそう、御神君」 サプライズ・バレンタインが成功して、足取りも軽く階段を上っていく麗を見送ると、ののみ先輩が改まった口調で声をかけてきた。 お堅い生徒会長のことだから、「バレンタインなんて、お菓子会社の陰謀に乗せられちゃダメよ?」なんて、言い出すのだろうか? (俺としては、ののみ先輩からも『チラリチョコ』の一つくらい、欲しいんだけどな……) そんなことを考えながら先輩の顔を窺っていると、白磁のような肌が霜焼けのようにみるみる紅潮していく。 御神「おーい、ののみ先輩?」 ののみ「……御神君、確か健康食品とかサプリとか、凝ってたわよね?」 紅くなりかけた顔の前で手を振ると、生活指導顔負けの鋭い眼光で訊ねてくる生徒会長。 確かにののみ先輩の言うとおり、深夜の通販番組は欠かさずチェックしていたりする。 最近のオススメは『ハリウッドところてん』だ。 低カロリーでダイエット効果があると話題の商品で、一日1000g食べる人もいるらしい。 御神「あ、ああ……親父の影響もあると思うけど、点滴用のリンゲル液を10秒チャージできるぜ!」 怒っているというよりは、ぶっきらぼうな感じに見えるののみ先輩に戸惑いながらも、首を縦に振る。 ののみ「あのねぇ、御神君、そんな隠し芸、訊いてないわよ……」 呆れた様子で切れ長の眉を寄せるののみ先輩。 (ガーン……芸のつもりはなかったんだけどな……) ののみ「と、とにかく、コレ、あげるわ」 御神「ん?」 そう言って、アルミ缶を俺の手の平にポンと乗せてきた。 御神「おおー! 天才チョコ!」 ののみ先輩がくれたのは、少し前に話題になった、頭が良くなるという『γ−アミノ酪酸』入りのチョコレート……『DABA』だ。 手の中にあるそれは、コンビニやスーパーでよく見るお菓子なのだが、俺には何かものすごい珍しい宝物のように見えてしまった。 御神「いやー、まさかののみ先輩からチョコもらえるなんて、今年はツイテるな!」 さっそく開けると、チョコボールを指で弾く。 ののみ「あっ、コラ、また!……もうっ」 放物線を描いたチョコはタッチの差で俺の口に吸い込まれる。 御神「うん、なんかお店で買うのよりウマい気がするぜ!」 ののみ先輩も幼なじみの一人だが、毎年何かと理由を付けられ、正直、チョコをもらった記憶があまり無い。 これも保健医として、身体測定を頑張ってるおかげだろうか。 ののみ「ぎ、義理よっ、義理! ホ……ホラ、いつも生徒会の仕事手伝わせてるから、そのご褒美よっ!」 眉を『V』の字にさせているののみ先輩の顔も、今日はなんだか年頃の女の子ようで、可愛く思える。 ののみ「いい、御神君? バレンタインだからって、あんまり浮かれてばっかりいたら、後でオシオキよっ?」 御神「イエス、マム」 (いや〜 照れてるののみ先輩、可愛いな〜) ニヤケた俺の視線から逃れるように、ののみ先輩はドリルをなびかせて颯爽と通り過ぎていった。 ◆◇◆ [ Topへ ] 御神「おーい、紅葉ー。来たぞ〜」 昼休み、飢えたゾンビのように緩慢な動きで『無国籍料理部』の扉を開いた。 チョコを少し食べただけでは、お決まりのオヤジギャグを言う体力もない。 いつもは紅葉の手作りお弁当を教室なり、食堂なりで食べているのだが、今日は違う。 その紅葉本人に、昼休みは部室(調理室)に来るように言われていた。 『無国籍料理部』という名前を最初に目にしたとき時、地雷臭……ていうか、トラップワイヤー丸見えの指向性地雷料理ばかり製造しているのか?と思ったが、活動内容はけっこうマトモだ。 紅葉やリゼが所属しているので安心できるというのもあるが、趣味と実益を兼ねて、放課後は食堂を任されていたりもする。 特に激安ざるそばメニューである『じゃるそば』(期間限定)は一杯3〜1円と底値のように安く、腹を空かせた学生には大人気だ。 そのウサ耳でいち早く俺に気付いたのか、花が綻ぶような笑顔を向けてくれるリゼ。 リゼ「お兄様、お待ちしておりました」 そのまま俺の元にトコトコとやって来ると、スカートの裾を摘まんで出迎えてくれた。 色目はシックに抑えてあるが、フリルやリボンがふんだんに使われており、リゼの動きに合わせてフワリと風に踊る。 ウサ耳と相まって、まるで妖精みたいで可愛らしい。 言葉で褒める代わりに、絹糸のようにサラサラの銀髪を撫でてやっていると、泡だて器を持った紅葉がやってきた。 紅葉「ふっふっふ……みぃ君。今日は何の日か知ってるかな?」 ブラウスから弾け出しそうな、自慢のGカップを得意げに反らす紅葉。 鼻先に付いたチョコクリームは、あえて黙っておいてやろう。 御神「うむ……ズバリ、『煮干の日』だな!!」 俺は力強くサムズアップしながら答えた。 紅葉「えぇっ!? 何でっ!?」 俺のアグレッシブな返答に、紅葉のエプロンの肩紐がズレる。 横のリゼも藍玉の双眸を驚きに見開いていた。 実は日本では、肉屋でいう毎月29日が肉の日と言うように、2月14日は『に(2)・ぼ(棒→1)・し(4)』の日らしい。 リゼ「リゼ、知りませんでした……日本は毎日が記念日なんですね」 感心したようにけして小さくはない胸に手を合わせるリゼ。 (いや、そんなギフトショップの謳い文句みたいなこと言われても!) 日本の伝統を本気で感心するリゼとは対照的にブンブンと左右のリボンを揺らす紅葉。 紅葉「違うよ、みぃ君! 間違ってるよ! そんな磯の香りしかしなさそうな日じゃないよ!」 ズズイっと前のめりになりながら力説する我が幼なじみ。 紅葉「今日はと〜っても甘くて、女の子も男の子もみ〜んな蕩けちゃう日だよ♪」 紅葉の周りだけバラが咲き誇っているかのように、瞳に星を浮かべていた。 言われなくても、『バレンタイン』ぐらい分かっているのだが、コロコロと表情を変える紅葉を見ているとついつい、からかいたくなってしまうのだ。 (まったく、可愛いヤツめ) かわいい我が幼なじみは今も、乙女チックな表情のまま、「ちょっと待っててね」と、厨房に戻っていった。 テキトーに椅子に座って部室を見回してみると、鍋や時計と睨めっこしている部員の姿がチラホラ見受けられる。 大方、紅葉と同じように誰かに渡すためのチョコを作っているのだろう。 (はぁーみんな、マメだね〜) 今日ばかりは、秘密のチョコレート工場と化した部室の甘い匂いに、ツバを溜め込んでいると、クイクイと袖を引かれた。 リゼ「お兄様、その……お待ちしている間、よろしければ、リゼが作ったチョコも食べていただけないでしょうかっ?」 いつも慎ましやかなリゼが少し前のめりになりながら綺麗にラッピングされた箱を差し出してきた。 御神「ああ、もちろん頂かせてもらうよ」 リゼのエプロンとおそろいのリボンを解くと、ドイツのお隣はウィーンのチョコ菓子……『ザッハトルテ』がお目見えする。御神「おお、リゼのはお店で売ってるみたいだな」 チョコレートスポンジと杏ジャムが綺麗なストライプを描き、ケーキに添えられた生クリームとの、白と黒のコントラストも鮮やかだ。 コーティングされたチョコレートはムラやヒビがなく、まるでグランドピアノのような高級感のある光沢を放っていた。 リゼ「お兄様に褒めていただけて嬉しいです。でも、リゼなんて皆さんに比べたらまだまだです」 一安心するように、身長の割に大きな胸を撫で下ろす後輩。 御神「いやいや、十分ウマそうだって……こんなスゲーの二個も作るなんて、リゼは将来良いお嫁さんになるよ」 表面だけでなく、スポンジにもふんだんに使われたカカオマスの香りが鼻といわず、肺腑(はいふ)や胃袋までも刺激していく。 リゼ「そ、そんな……お兄様のお嫁さんなんて……リゼにはもったいないです♪」 (いや、誰も『俺の』とは言ってないんだが!?) 紅潮した頬を両手で押さえていたリゼの動きがハタと止る。 リゼ「……ですが、お兄様。リゼはトルテを一個しか作っていませんよ?」 小首を傾げるリゼの銀髪がサラサラと音を立てて流れた。 しかし、箱の中には確かに黒い円柱形が二つ並んでいる。 御神「あれ? えーーっ! なんか動いてるぞコレ!?」オーブンから出してかなり経っているはずなのに、右のトルテ(?)が規則的に萎んだり、膨らんだりしていた。 ザッハトルテ(?)「しゅ〜……しゅ〜……zzzZZZ」 御神「って、マノンかよ!?」 そういえば見かけないと思っていたが、リゼのフェレットのマノンが丸くなって寝ていた。 リゼ「マノン! そんなところで寝ちゃダメですよ!」 フェレットにしては賢いマノンはリゼの料理の手伝いもできるらしい。 どうやら、リゼも知らない間に潜り込んでいたみたいだ。 マノン「……くぎゅ? しゅ〜♪」 リゼの声に目を覚ましたマノンは俺の顔を見つけると、隠し持っていたカカオ豆(生)を差し出してきた。 マノン「しゅしゅー♪」 リゼ「ま、マノン?」 御神「俺にくれるのか?」 『食べて♪』とばかりにカカオを差し出す彼女に俺もリゼも閉口するしかなかった。 どうやら、この小動物はご主人様のマネをして、バレンタインの贈り物がしたいらしい。 絵留々「ちょ〜っと待ったーーー!!」 その時、調理室の扉が勢いよく開いた。 御神「絵留々!?」 颯爽とやってくる絵留々の足取りは羽が生えてるかのような軽やかさを感じさせながらも凛としていて、さすがアイドルと感心させられる。 特に歩くたびに、ぷりんぷりんと揺れるヒップの肉感はグラビアで見るよりも数倍エロい。 絵留々「はい、はーい! みぃクンにチョコあげるなら、わたしも呼んでくれなきゃ♪」 紅葉「ムム……絵留々ちゃんより先にみぃ君に渡す作戦が……」 絵留々の登場に驚いてる紅葉が何やらブツブツ言っているがよく聞こえない。 絵留々「私だって、みぃクンにチョコ渡したいもん……というわけで、ハイッ♪」 ファンの男子が聞いたら、キュン死しそうなセリフと笑顔で、綺麗にラッピングされた箱を差し出した。 月衛(?)「おおーっと! 桃枝先輩が取り出したのは、『ロリズ』のチョコレートだぁぁぁぁっ!」 どこからともなく、月衛の声が聞こえてくる。 御神「月衛?」 キョロキョロと辺りを見回してみるが、いつも以上に部員たちでひしめく料理部室に、おかっぱ頭は発見できなかった。 月衛「1日500個限定! 駅前に長蛇の行列が出来ると噂の高級チョコは果たしてセンパイのハートを射止められるのか!?」 (何の勝負だよ!?) 姿は見えないが、無駄に場を盛り上げる月衛。 紅葉「ムムっ……そんな行列ができるチョコをゲットしてくるなんて……午前中見かけなかったのは、コレを買いに行ってたんだね」 御神「いや、ダメだろ! それ!」 (てっきり、アイドルの仕事だと思っていたが完全に私用じゃねーか!) 絵留々「え〜あたし、みぃ君のために朝4時から並んでたんだよ〜? 大目に見てよ♪」 頬を膨らませながら、背中に抱きついてくる絵留々。 (おおっ、二つの膨らみが背中に……) チョコよりも甘い二つのふくらみと弾力に思わず頬が緩む。 しかし、それも一瞬のことで、すぐに紅葉が俺と絵留々を引き剥がす。 紅葉「勝負はまだ付いてないんだからダメっー!」 (いや、俺の記憶が確かならば、これはガチンコ料理バトルではないハズだ) 紅葉「じゃっじゃーん♪ 私のは世界にオンリーワンのチョコだよ!」 誇らしげに銀のトレーを掲げる鉄人・紅葉。 月衛「成咲先輩は、バレンタインの王道! 手作りチョコレートで対抗だぁぁぁっ!」 再び響き渡る月衛の実況にもはやツッコむ気力すらない。 リゼ「とても可愛いらしいです」 銀のトレーの中央には人気の美少女消防アンドロイドアニメに登場する『防火ロイド:火消しイク』の絵がプリントされた板チョコが鎮座していた。(主人公の女の子が使っていた同型の「消火器」が飛ぶように売れ、市場から姿を消す。ヤミオクでプレミアム価格がついたほどの人気) 御神「『痛チョコ』かよ!?」 どことなく、紅葉に似ているチョコに思わず吹き出す。 絵留々「ムムっ……見た目で攻めてくるなんて、無国籍料理部は伊達じゃないわね」 紅葉の手の込みように、今度は絵留々がたじろぐ番だった。 味では絵留々の限定チョコには勝てないだろうが、手作り感満載のチョコはたしかにウマそうだ。 二人とも俺のことを想ってくれているのがヒシヒシと伝わってくる。 月衛「まさに、頂上決戦です! センパイのことを想って並んだ限定チョコか? それとも、センパイに想いを込めて作った手作りチョコか?……さぁ、どっち!?」 まるで、料理番組のような展開に無駄に場が盛り上がっていく。 御神「ってか、月衛! お前、どこに居るんだよ!?」 さっきから、料理マンガばりの熱いナレーションは聞こえるが、その姿は見えない。 マノン「しゅーっ♪ しゅーっ♪」 ――ガジガジガガジガジガガジガジ!! 月衛「きゃぁっ! ……マノン、ダメだよ、月衛はお菓子じゃないよぉ〜」 マノンが何かを一心不乱にかじる音に振り向けば、調理室の隅っこに茶色い彫像……。 御神「ぶふぉっ! おまっ、月衛か!?」 単なる彫像ではなく、全身チョコレートにまみれた月衛がいい感じに固まっていた。 紅葉「月衛ちゃん、そんなところに居たの!? わたし全然、気付かなかった!」 マーブルチョコのように目を丸くする紅葉。 御神「いや、気づけよ!! 仮にも部室なんだから!」 (それにしても、月衛の格好エロいな……) 裸でチョコレートを塗りたくったのか、意外と女の子らしい凹凸に富んだ月衛のボディラインがはっきりと分かる。 マノン「しゅーっ♪ しゅしゅーっ♪」 ――ガジガジガガジガジガガジガジ!! リゼ「マノン、月衛さんを食べちゃダメですよっ」 そんな月衛の乳首と思しき突起をかじっていたマノンを慌てて抱きかかえるリゼ。 御神「月衛、お前、ナニやってんだよ?」 マノンを少し羨ましいなと思いつつも、呆れて訊ねる。 月衛「ハイッ。センパイに月衛を美味しく召し上がっていただこうと、昨日から頑張っていたのですが、動けなくなっちゃって……」 エヘヘと声だけで笑う月衛。 月衛「ハッピーバレンタインです、センパイ♪」 月衛の全身からカカオ35%以上の純チョコレートの香ばしい匂いがした。